大阪地方裁判所 平成7年(ワ)5841号 判決 1997年11月05日
本訴原告、反訴被告(以下「原告」という。)
武田洋一
本訴原告、反訴被告(以下「原告」という。)
武田文子
右両名訴訟代理人弁護士
田中清和
本訴被告、反訴原告(以下「被告」という。)
株式会社ユアーズゼネラルサービス
右代表者代表取締役
森岡政司
右訴訟代理人弁護士
島武男
同
畑良武
同
佐野正幸
同
堀井昌弘
同
上田憲
同
奥岡眞人
主文
一 被告は、原告武田洋一に対し、三九万八〇〇〇円及び内金一九万三〇〇〇円に対する平成七年三月一九日から、内金二〇万五〇〇〇円に対する平成七年三月二一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告武田文子に対し、三二万三〇〇〇円及び内金一九万三〇〇〇円に対する平成七年三月一九日から、内金一三万円に対する平成七年三月二一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の本訴請求及び被告の反訴請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴、反訴を通じてこれを一〇分し、その九を原告らの、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
1 被告は、原告武田洋一に対し、三八六万〇二二二円、原告武田文子に対し、一二三万九三二二円及びこれらに対する平成七年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告武田洋一に対し、三八六万〇二二二円、原告武田文子に対し、一二三万九三二二円を支払え。
3 被告は、原告武田洋一に対し、二〇万五〇〇〇円、原告武田文子に対し、一三万円及びこれらに対する平成七年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告は、各原告に対し、二九万三〇〇〇円及びこれらに対する平成七年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 第1、3ないし5項につき仮執行宣言
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 原告らは、被告に対し、一一六万〇三三二円及びこれに対する平成七年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行宣言
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
1 被告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二当事者の主張
一 本訴請求原因
1 労働契約
被告は、不動産管理業務等を目的とする株式会社である。原告らは、夫婦であるところ、平成三年八月五日、共に学生寮の管理人として被告に雇用された。
2 未払割増賃金
(一) 被告における所定労働時間は、始業時刻が午前九時、終業時刻が午後五時(土曜日は午後三時三〇分)、休憩時間は正午から四五分間とし、休日は日曜日、国民の祝日、年末年始の通算五日間、その他被告が認めた日であった。
(二) しかるに、原告らは、別紙<略、以下同じ―>勤務実態1、2記載のとおりの勤務をした。
(三) 原告らの平成五年四月分以降の各割増賃金額は、別紙時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金計算書(1)ないし(3)記載のとおり、原告武田洋一(以下「原告洋一」という。)については三八六万〇二二二円、原告武田文子(以下「原告文子」という。)については一二三万九三二二円である。
3 付加金
被告は、原告らに対し、労働基準法三七条に違反し、前項の割増賃金を支払わないので、裁判所は、被告に対し、労働基準法一一四条に基づき、右同額の付加金の支払を命じるべきである。
4 未払賃金
(一) 原告らと、被告は、平成七年二月一〇日、大阪地方裁判所平成六年(ヨ)第二九五三号仮処分命令申立事件(以下「本件仮処分事件」という。)において、原告らを債権者らとし、被告を債務者として、別紙<略>和解条項記載のとおり、裁判上の和解をした(以下「本件和解」という。)。原告らと被告は、本件和解において、被告が原告らに対し平成六年九月一四日付けでした懲戒解雇の意思表示(以下「本件懲戒解雇」という。)を撤回すること、原告らは平成七年三月一日をもって職場復帰すること等を合意した。
(二) 原告らは、平成七年三月一日、被告の学生寮新大阪エムに出勤して職場復帰した。
(三) 原告らは、被告に対し、平成七年三月二日、同月四日から同月一五日までを年次有給休暇と指定する旨の有給休暇使用届書を提出した。
(四) 原告らの賃金は、毎月一五日締め二〇日払いの約定であり、原告洋一の賃金月額は二〇万五〇〇〇円、原告文子のそれは一三万円であった。
5 退職金
(一) 原告らは、被告との労働契約締結前の平成三年八月一日、被告から司興産株式会社(以下「司興産」という。)の退職金規程を被告の退職金規程であるとして交付され、それ以来原告らは司興産の退職金規程が被告の退職金規程であると信じてきた。
(二) 司興産の退職金規程には、勤続三年以上の社員が退職したときは、中小企業退職金共済制度所定の退職金を支給するものとし、勤続年数は入社後九〇日から起算し、退職の日までとする(ただし、一か月未満は切り上げる。)旨規定されている。
(三) 原告らは、平成三年八月五日に被告に雇用され、平成七年三月二日、同月一六日をもって退職する旨の辞職届を被告に提出した。
(四) 原告らの退職金算定の基礎となる勤続年数は、司興産の退職金規程によれば、三年五か月(四一か月)であり、したがって、退職金額は、原告洋一、原告文子につきそれぞれ四一万円である。
(五) 原告らは、被告に対し、平成七年三月一八日到達の内容証明郵便によって、右金員のうち未払額(原告らそれぞれにつき二九万三〇〇〇円)の支払を請求した。
6 よって、原告らは、被告に対し、労働契約に基づき、未払割増賃金(原告洋一につき三八六万〇二二二円、原告文子につき一二三万九三二二円)、未払賃金(原告洋一につき二〇万五〇〇〇円、原告文子につき一三万円)、未払退職金(原告らそれぞれにつき二九万三〇〇〇円)及びこれらに対する右請求の日の翌日である平成七年三月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、並びに労働基準法一一四条に基づき、付加金(原告洋一につき三八六万〇二二二円、原告文子につき一二三万九三二二円)の各支払を求める。
二 本訴請求原因に対する認否
1 本訴請求原因1は認める。
2(一) 同2(一)は認める。
(二) 同2(二)は否認する。
原告らの勤務実態は、別紙チューター業務表1、2記載のとおりである。
(三) 同2(三)は争う。
3 同3は争う。
4(一) 同4(一)は認める。
(二) 同4(二)のうち、原告らが平成七年三月一日に被告の学生寮新大阪エムに出勤したことは認め、その余は争う。
原告らは、本件和解において、平成七年三月一日に職場復帰する旨の合意をしたにもかかわらず、被告に対し、同年三月二日、同月四日から同月一五日までを年次有給休暇と指定する旨の有給休暇使用届書及び同月一六日をもって辞職する旨の辞職届を被告に提出し、被告の承認を得ないまま職場を放棄し、出勤しなくなった。原告らは、本件和解に定められた職場復帰をせず、職場を放棄したのであるから、職場復帰を前提とする平成七年三月分の賃金請求権は発生しない。
(三) 同4(三)は認める。
(四) 同4(四)は認める。
5(一) 同5(一)は否認する。
(二) 同5(二)は否認する。
(三) 同5(三)は認める。
原告らと被告は、本件和解において、被告が原告らに対して退職金支払義務を負うこと(退職金共済の就職年月日を訂正すること)を合意したが、これらは原告らが本件和解条項二項1に規定されている職場復帰をすることを当然の前提としているものである。しかるに、原告らは、被告に対し、平成七年三月二日、同月四日から同月一五日までを年次有給休暇と指定する旨の有給休暇使用届書及び同月一六日をもって辞職する旨の辞職届を提出し、被告の承認を得ないまま職場を放棄し、出勤しなくなった。したがって、原告らは「職場復帰」をしたとはいえないので、被告に対し、職場復帰を前提とする退職金請求権を有しない。
(四) 同5(四)は争う。
(五) 同5(五)は認める。
三 抗弁
1 和解の既判力による遮断(本訴請求原因2、3に対し)
(一) 本件和解には、その六項に、「債権者らと債務者との間には本件に関し本件和解条項に定めるもののほか互いに何らの債権債務が存在しないことを確認する。」旨の規定が存在する。
(二) 原告らと被告は、本件和解成立に至るまで、まず第一段階においては、被告が原告らに対して平成六年九月一四日付けでした懲戒解雇の意思表示につき、懲戒解雇が有効であるか否か、懲戒事由が存在するか、懲戒事由があるとして懲戒解雇に相当するかを議題とし、第二段階においては、右に加えて、被告における拘束時間が就業規則所定の時間数より長時間であって過酷であること、即ち未払割増賃金を議題とするとともに、原告らが被告在籍中に虚偽の誹謗中傷等をして被告の秩序を紊乱したこと、原告らが勤務時間中に私用電話を多数回使用したこと、被告が宅配業者から受け取ることとなっていた金銭を原告らが着服したこと等についても、議題とした。この段階においては、本件仮処分事件の申立ての趣旨にもかかわらず、それ以外の原告ら及び被告の主張についても本件和解成立の前提事実として議題となっていた。第三段階は、被告が原告らに対する右懲戒解雇の意思表示を撤回し、解雇以降の賃金、一時金を従前どおりの金額で支払うこととし、原告らの復職を前提として和解を進めた。
(三) 以上の事実経緯から、原告らの主張する未払割増賃金の請求は、「本件に関し」ているものとして、本件和解の既判力によって遮断されるものであるから、被告は、原告らに対し、未払割増賃金を支払う義務はない。
(四) したがって、被告が、原告らに対し、本訴請求原因2の割増賃金を支払わないことは、労働基準法三七条に違反しないので、裁判所は、被告に対し、付加金の支払を命じることはできない。
2 権利濫用(本訴請求原因2、3に対し)
(一) 原告らの従事する学生寮の管理人業務は、住居の提供を受けて学生とともに寮で生活し、いわば親代わりとなるものである。
(二) 原告らは、本件和解において、平成六年九月一四日から平成七年二月一五日までの通常賃金等の支払を受けたうえで、本件訴訟においては、平成六年九月までの時間外労働の割増賃金を請求し、本件和解で退職金の起算日を遡らせた上で、本件訴訟においては、同起算日を基準とする退職金の請求をしている。さらに、原告らは、職場復帰を前提とする本件和解をしながら、実質一日も復帰後の職場で働くことはなく、一方的に辞職届を出してきたのである。
(三) 原告らの従事した管理人業務は労働密度が低い類のものであり、原告らも当然にそのような内容の業務であることを認識し、これを当然の前提として雇用関係を結んでいるのであるから、単に事務所ないし寮における抽象的な拘束時間を捉え、これをすべて労働時間と計算し、深夜労働、時間外労働として割増賃金を請求するのは、明らかに権利濫用である。また、原告らの本訴請求は、実質的には本件和解の蒸し返しであり、信義則に反し、権利濫用に該当するものとして、許されないものである。
3 時季変更権の行使(本訴請求原因4に対し)
(一) 原告らの職務である学生寮のチューター、サブチューター業務は、学生寮運営にとって必要不可欠である。原告らが配属された被告の学生寮新大阪エムのチューター、サブチューターはそれぞれ一名である。
(二) 被告は、原告らが平成七年三月一日に職場復帰できるよう、学生寮新大阪エムの前任のチューター、サブチューターを配転させ、原告らの受け入れ体制を整えた。
(三) したがって、原告らが平成七年三月四日から同月一五日まで年次有給休暇を取得した場合には、学生寮新大阪エムの業務は、正常な遂行を妨げられるおそれがあった。
(四) 被告は、原告らに対し、平成七年三月一六日、同月四日以降の有給休暇は認められない旨記載した内容証明郵便を送付し、同内容証明郵便は、同月一七日に原告らに到達した。
4 賃金の減給処分(本訴請求原因4に対し)
(一) 原告らは、本件和解によって職場復帰の日であると定められた平成七年三月一日の被告への出勤に際し、午前九時の始業時間までに出勤しなければならないのに、午前一一時三〇分に出勤した。
(二) 原告らは、被告に対し、平成七年三月二日、同月四日から同月一五日までを年次有給休暇と指定する旨の有給休暇使用届書及び同月一六日をもって辞職する旨の辞職届を提出した。
しかし、被告の就業規則には、年次有給休暇は、業務の正常な運営を妨げない限り、従業員の事前の届出により請求する場合に限りこれを与える旨の規定があるから(二五条四項)、原告らによる一方的な届出だけで年次有給休暇が取得できるものではない。
(三) 殊に、今回の職場復帰に際して、被告は、原告らが平成七年三月一日に復職できるように学生寮新大阪エムの従前のチューター、サブチューターを配転させ、その受け入れ体制を整えたのに対し、原告らは復職の翌日である平成七年三月二日に辞職届を提出し、平成七年三月四日から欠勤したものであり、また、原告らは、学生寮新大阪エムに復職するに当たり、手回り品のみを持参し、被告が本件和解に基づき、提供を申し出た運送車両の使用を拒否し、家財道具、生活用品の運搬を拒否した。このような事情を考えると、そもそも原告らには、本件和解により職場復帰の意思がなかったにもかかわらず、被告に損害を与える目的で職場復帰の合意をしたとしか考えることができず、原告らの対応は信義に反する。そのため、被告は、前記受け入れ体制の手続と準備を無駄にしたうえに、新たにチューター、サブチューターの手配が必要となり、著しい損害を被った。
原告らの行為は、被告に著しい損害を与えるものであって、一方的な職場放棄である。
(四) したがって、原告らの行為は、被告の就業規則六四条(1)号(就業規則の一に違反したとき)、同(5)号(故意又は重大な過失怠慢により会社に甚大な損害又は不利益を与えたとき)、同(7)号(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき)に該当し、被告は、平成七年三月一七日、同月四日及び同月一五日の被告取締役会決議に基づいて、原告らに対し、平成七年三月分の賃金のうち半月分(原告洋一については一〇万二五〇〇円、原告文子については六万五〇〇〇円)の減給処分をしたものである(以下「本件減給」という。)。
四 抗弁に対する認否
1(一) 抗弁1(一)は認める。
(二) 同1(二)は否認ないし争う。
原告らと被告は、本件和解に当たり、被(ママ)告らに対する懲戒解雇の意思表示の有効性を巡る問題、及び懲戒解雇の意思表示を撤回して職場復帰をしたときの権利関係についてのみ議題としたにすぎない。未払割増賃金の主張は、原告らは一切出さなかったし、これが議題となったこともなかった。
(三) 同1(三)は争う。
殊に、本件和解の場合、和解の最終期日前において、被告が、原告らに対し、「債権者らと債務者との間には本和解条項に定めるもののほか互いに何等の債権債務が存在しないことを確認する。」旨の包括的清算条項を提案したのに対し、原告らが、右提案の「債権者らと債務者との間には」の次に「本件に関し」を挿入して限定するべきことを提案し、被告がこれに同意して和解が成立した。
そして、本件和解条項中の「本件」とは、本件仮処分事件であり、本件仮処分事件では労働契約上の権利を有する地位の確認と過去及び将来の賃金のみを請求していたにすぎず、本件和解でも、労働契約上の権利を有する地位及び復職の条件等についてのみ議題としたのであるから、未払割増賃金は、「本件に関し」ないものである。したがって、原告らの未払割増賃金の請求は、本件和解の既判力に遮断されるものではない。
(四) 同1(四)は争う。
2(一) 同2(一)は争う。
(二) 同2(二)は認める。
(三) 同2(三)は争う。
3(一) 同3(一)は認める。
(二) 同3(二)は不知。
(三) 同3(三)は争う。
(四) 同3(四)は認める。
4(一) 同4(一)のうち、本件和解によって原告らの職場復帰が平成七年三月一日と定められたこと、被告の始業時間が午前九時であること、原告らが同日午前一一時三〇分に業務の引継を開始したことは認め、その余は争う。
原告は、被告の部長の戸部昭(以下「戸部」という。)に対し、平成七年二月二八日、翌三月一日の原告らの職場復帰に際し、荷物の搬入の関係で到着が午前一一時ころとなることについて了解を得た。原告らは、平成七年三月一日午前一〇時ころ、被告の学生寮新大阪エムに到着したが、前任のチューターである山﨑俊生(以下「山﨑」という。)の荷物が同玄関にあったので、外で待機したため入寮時間が午前一一時ころになった。そして、原告らが、荷物の搬出が終わった山﨑と業務の引継を開始したのが、午前一一時三〇分ころになったのである。
以上の経過のとおり、原告らには「大幅な遅刻」と評されるべき事実は存在しなかった。
(二) 同4(二)のうち、原告らが、被告に対し、平成七年三月二日、三月一六日をもって辞職する旨の意思表示及び三月四日から三月一五日までを年次有給休暇と指定する旨の意思表示をしたことは認め、その余は争う。
(三) 同4(三)は争う。
原告らと被告は、本件和解において、被告は原告らを職場に復帰させ、差別的取扱いや嫌がらせをしない旨合意した。しかるに、平成七年三月一日、原告らが被告の職場に復帰すると、原告らを監視するためのカメラが二台設置され、原告らが被告における指示系統の末端に格下げされ、被告の次長の鈴木志津子(以下「鈴木」という。)が原告らの会話をテープで録音するなど、被告において、原告らに対する差別的取扱い、嫌がらせが蔓延していた。
原告らは、被告の右のようなやり方に直面し、せっかく職場復帰を勝ちとったが、これでは今後に希望がもてないと考え、平成七年三月二日、戸部に事情を説明したうえ、有給休暇使用届書と辞職届を手渡した。これに対し、戸部は、「今後うまく行くとは思えないから、それがいいと思う。」と答えた。
平成七年三月三日、戸部が寮に来て、原告らに対し、「届は昨日社長に渡した。社長はふーんと言っていた。何時に寮を出るのか。」と言うので、原告らは当日勤務終了後又は明朝でも良いと答えた。これに対し戸部は「二一時に業務引継をして、寮を出ていってもらってよい。」と述べた。
平成七年三月三日午後九時、被告が山﨑と被告のチューターの植木克己(以下「植木」という。)を派遣してきたので、原告らは業務引継を完了し、荷物を持って寮を出た。
以上のように、原告らが有給休暇使用届書及び退職届を提出したことに対し、被告の承認があったことは明らかである。
(四) 同4(四)のうち、被告が原告らに対し、平成七年三月分の賃金のうち半月分を減給する旨の意思表示(本件減給)を行ったことは認め、その余は争う。
五 反訴請求原因
1 原告らは、被告に対し、平成七年二月一〇日、職場復帰の意思がないにもかかわらず、これあるかのように装い、本件和解を成立させた。
2 原告らは、本件和解で復職の日と定められた平成七年三月一日、始業時間が午前九時であるにもかかわらず、午前一一時三〇分に出勤するという大幅な遅刻をし、実質一日も勤務しないままに、翌三月二日、有給休暇使用届書及び辞職届を被告に提出して職場を放棄した。
3 原告らは、本件和解を成立させたにもかかわらず、直前に挿入させた「本件に関し」との文言のみを根拠として、本訴を提起し、取り下げることなく訴訟を係属させた。
4 原告らの右行為は、債務不履行ないしは不法行為に該当するところ、被告は、2記載の原告らの職場放棄により、平成七年三月四日、六日、七日、一〇日の四日間、戸部の被告における本社業務を休ませて、被告の学生寮勤務に派遣し、同月八日、九日、一一日には、鈴木の被告における本社業務を休ませて、被告の学生寮勤務に派遣せざるを得なかった。これにより、右期間における同人らの本社勤務が遂行されなかったために、次の計算のとおり、二二万七八三二円の損害が生じた。
(一) 戸部の四日間の休業損害
(年収)÷(一二か月)÷(一か月の勤務日数)×(本社業務の休業日数)
=四八〇万円÷一二÷二四×四
=六万六六六六円(一円未満切り捨て)
(二) 鈴木の三日間の休業損害
(年収)÷(一二か月)÷(一か月の勤務日数)×(本社業務の休業日数)
=四二〇万円÷一二÷二四×三
=四万三七四九円(一円未満切り捨て)
(三) 被告の損害
(一)と(二)の損害の合計
六万六六六六円+四万三七四九円
=一一万〇四一六円((一)、(二)の一円未満を考慮して合計額に一円を加算した。)
被告の間接損害を考慮してこれを二倍する。
一一万〇四一六円×二
=二二万〇八三二円
(四) 交通費
(一日単価)×(日数)
=一〇〇〇円×(四+三)
=七〇〇〇円
(五) 慰藉料
五〇万円
(六) 弁護士費用
着手金 三〇万円
報酬 三〇万円
合計 六〇万円
(七) 損害額合計
一三二万七八三二円
5 よって、被告は、原告らに対し、主位的には債務不履行に基づき、予備的には不法行為に基づき、一三二万七八三二円の内金一一六万〇三二二円及びこれに対する平成七年三月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
六 反訴請求原因に対する認否
1 反訴請求原因1のうち、原告らと被告が平成七年二月一〇日に本件和解を成立させたことは認め、その余は否認する。
2 同2のうち、本件和解で平成七年三月一日が原告らの職場復帰の日と定められていたこと、原告が同日は午前一一時三〇分に被告の業務の引継を開始したこと、平成七年三月二日に原告らが被告に対して有給休暇使用届及び辞職届を提出したことは認め、その余は争う。
3 同3は、原告らと被告とが本件和解を成立させたこと、原告らが本訴を提起したことは認め、その余は争う。
4 同4は争う。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これらの各記載を引用する
理由
一 本訴請求原因1(労働契約)について
本訴請求原因1は、当事者間に争いがない。
二 抗弁1(和解の既判力)について
1 抗弁1(一)(本件和解の存在)について
抗弁1(一)は当事者間に争いがない。
2 抗弁1(二)(本件和解に至る経緯)について
(一) 当事者間に争いのない事実及び成立に争いのない(証拠略)(なお、<証拠略>については、原本の存在及びその成立とも認められる。)、原告ら各本人尋問の結果、被告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる。
(1) 被告は、原告らに対し、平成六年九月一三日、同月一四日付けで、原告らが被告従業員であった土井基弘及び土井静江(以下「土井ら」という。)を詐術を用いて退職に追い込むなど、被告に対し虚偽の誹謗中傷等をして他の被告の従業員を混乱させ、もって被告の秩序を紊乱した(以下「秩序紊乱問題」という。)として、被告の就業規則六四条五項(故意又は重大な過失怠慢により会社に甚大な損害又は不利益を与えたとき)に基づき、懲戒解雇の意思表示(本件懲戒解雇)をした。
(2) 原告らは、本件懲戒解雇を不服として、平成六年九月二六日、雇用契約上の地位の確認及び将来の賃金の支払を求めて、本件仮処分事件を大阪地方裁判所に申し立てた。
(3) 原告らは、本件仮処分事件の申立書(<証拠略>)及び原告洋一の平成六年九月二二日付報告書(<証拠略>)において、当初は、原告らは落ち度なく懸命に稼働しただけである等、本件懲戒解雇には理由がないと主張したほか、被告の就業規則によれば原告らの就業時間は一四時間三〇分であると規定されているのに現実の拘束時間が一八時間三〇分であること(以上「時間外勤務問題」という。)をも主張した。
(4) これに対し、被告は、本件仮処分事件の答弁書(<証拠略>)において、時間外勤務問題に対し反論し、原告らの従事する寮の管理人業はその性質上在室時間のすべてが勤務時間と捉えるのは間違いであると主張し、更に、原告らが土井らに対し、自己が被告から格別の信頼を受けているため内密の情報も把握していること、被告は経営状態が悪化して倒産の危機にあること、退職するのであれば再就職先は紹介する用意がある等の虚偽の事実を申し向け、もって土井らに対し虚偽の事実を吹聴して退職に追い込むという秩序紊乱行為を行ったこと、多数回にわたって勤務時間中に被告の電話を無断で使用したこと(以下「私用電話問題」という。)、被告が宅配業者に委託する荷物につき一個二〇〇円を宅配業者から受け取る旨の契約をしていたところ、原告らがこれらの金銭を着服していたこと(以下「フットワーク問題」という。)等を主張して、本件懲戒解雇は正当であると主張した。
(5) 被告は、原告らに対し、平成七年一二月六日付け書面(<証拠略>)で、本件懲戒解雇の意思表示は撤回しないものの、原告らが秩序紊乱行為を慎むことを誓約すること、私用電話問題で未払電話代を支払うことを条件に、原告らを本社事務職として、賃金額を改定したうえで再雇用する旨の和解案を提示した。
(6) 原告らは、被告に対し、平成六年一二月七日付け書面(<証拠略>)で、被告の右和解案に対し、あくまで本件懲戒解雇の意思表示を撤回すること、原職復帰を原則とすること、賃金額の改定はしないこと、未払電話代は僅かな分を除いて債務が存在しないことを主張するとともに、原告ら側の和解案として、現(ママ)職復帰の場合に、本件懲戒解雇から現時点までの賃金及び一時金を支払うこと、退職金共済の起算日を平成五年五月二〇日から平成三年一一月二日に是正すること、本件懲戒解雇により被った損害として五七万四〇〇〇円を支払うことなどの細目的条件を提示するとともに、併せて、退職する場合の条件として、本件懲戒解雇の意思表示を撤回し、原告らは円満退社とすること、解決金として平成六年一〇月から平成七年三月までの賃金相当額二六〇万円を支払うこと、退職金共済の就職年月日を平成五年五月二〇日から平成三年一一月二日に是正することを提示した。
(7) 右和解案の提示を受け、被告は、原告らに対し、平成六年一二月一八日付け書面(<証拠略>)で、他にも主張したい事実はあるが、早期解決を指向し、裁判官が提案した和解案に従って解決することを決意し、これに沿う和解案として、本件懲戒解雇の意思表示を撤回し、原告らは円満退社とすること、本件懲戒解雇から現時点までの賃金及び一時金を支払う等譲歩し、和解条項中に原告と被告が互いに債権債務がないことを確認する旨の清算条項を付加することを提案した。なお、被告は、同月一九日、裁判所に対しても、右和解案で解決する旨の上申書(<証拠略>)を提出した。
(8) これに対し、原告らは、被告に対し、平成六年一二月二〇日付け書面(<証拠略>)で、被告提示の右和解案を受け入れることはできず、今や平成六年一二月七日付け書面(<証拠略>)で提示した退職する方向での和解は考えられない旨回答した。
(9) 被告は、原告らに対し、平成七年二月三日付け内容証明郵便(<証拠略>)で、本件懲戒解雇の意思表示を撤回し、懲戒解雇の時点からの賃金を支給するが、同月九日までに職場復帰するよう求める旨通知した。
(10) これに対し、原告らは、被告に対し、平成七年二月七日付け「懲戒解雇撤回について」と題する書面(<証拠略>)で、復帰後の就労条件を明確にすること、賃金等を保証すること、懲戒解雇が不法であったことを認めること、退職金共済の就職年月日を是正すること、就労日を当事者間の合意で決めることを要求し、この際思い切った良心的解決を決断することを求めた。
(11) 被告は、原告らに対し、平成七年二月七日付け書面(<証拠略>)で、被告提案の右和解案のうち退職金共済の就職年月日については原告らの主張を受け入れ、和解条項中に清算条項を付加し、説明部分で秩序紊乱問題、私用電話問題、フットワーク問題については不問とする旨を提案した。
(12) 被告は、原告らに対し、平成七年二月九日付け「和解条項について」と題する書面(<証拠略>)で、原告らの職場復帰の日を平成七年二月一八日とすること、右復帰に伴う運送料として五万円を支払い、賃金については本件懲戒解雇後の賃金及び平成六年の冬季一時金については従前どおり支払うこととし、退職金共済の就職年月日は原告らの主張を受け入れ、その他清算条項を付した。
被告は、同日付け「和解条項について」と題する書面(<証拠略>)において、原告らの職場復帰の日を平成七年三月一日とすること、右復帰に至るまでは有給休暇とすること、右復帰に伴う運送料は被告ら(ママ)が負担すること、本件懲戒解雇以後の賃金及び冬季一時金を従前どおり支払うこと、清算条項を付した和解案を提案した。
(13) 原告らは、被告に対し、平成七年二月九日付け「和解条項について」と題する書面(<証拠略>)において、清算条項中に「本件に関し」との文言を挿入すること等を求め、被告は、これに応じ、平成七年二月一〇日、本件和解を成立させた。
(二) 右認定の事実によれば、本件仮処分事件の審理の過程において、時間外勤務問題にも触れた主張、反論がなされていたのであるから、本件和解に関しても、右時間外勤務問題から派生する未払割増賃金の問題が、全く考慮の外に置かれていたとはいえない。また、本件和解は、原告らが退職することなく、被告に復職することを前提としたものであることからすれば、このような和解を成立せしめる当事者としては、将来の円滑な労使関係の実現を図る目的のもとに、過去における労使間の紛争の清算を含む和解を行うのが通常であるといえる。そして、原告らと被告は、本件和解成立に至るまで、前記認定のとおり、本件懲戒解雇の有効性のみならず、時間外勤務問題、秩序紊乱問題、フットワーク問題、私用電話問題、未払賃金、冬季一時金、退職金共済の起算日等の問題を含めて議論し、被告は、原告らの原職復帰を前提として、前記各問題のうち秩序紊乱問題、フットワーク問題、私用電話問題については早期解決のために不問とする一方で、未払賃金、諸手当及び冬季一時金を本件懲戒解雇時から支払うこととし、退職金算定の基礎となる就職年月日を平成三年八月五日とする等の譲歩を重ねたことが認められるので、被告には、本件和解において、本件懲戒解雇のみならず、原告ら・被告間の労働契約関係から派生した過去の一切の紛争を解決し、清算する意思があったことは明らかであり、仮に未払割増賃金の問題を別途の解決に委ねるのであれば、被告が本件和解に応じなかったであろうことは容易に推測できる。また、原告らは、本件和解成立時に、未払割増賃金関係を本件和解の対象から除外する旨の意思を表明した事実はないし、原告洋一が本人尋問において、職場復帰以後の勤務が順調であれば、あえて未払割増賃金の請求には至らなかったであろう旨供述していることからしても、原告らにおいても、右同様の意思があったということができる。
(三) 確かに、前記認定のとおり、原告らの申出によって本件和解の清算条項に「本件に関し」との文言が挿入されたのであるが、右申出に際して、原告らは、それが未払割増賃金の問題をあえて除外する趣旨であることを示した形跡はなく、さらに、本件和解のように、労働契約関係の継続を前提とした和解においては、将来の法律関係を巡る無用な紛争の発生を回避するため、「本件に関し」との文言を入れることは、しばしば見受けられるところである。これらの事情に照らせば、原告らの申出によって本件和解の清算条項に「本件に関し」との文言が挿入されたとの一事をもって、原告ら主張のように、未払割増賃金の問題を本件和解から除外するものであったということはできない。
(四) 以上によれば、原告らが本件和解成立の最終段階で清算条項中に「本件に関し」との文言を挿入することを求めたとしても、原告らと被告は、客観的にはもとより、主観的にも、未払割増賃金の問題を含めて原告ら・被告間の労働契約関係から派生する過去の一切の紛争を解決し、清算する意思のもとで本件和解を成立させたというべきである。仮に、原告らにおいて、本件和解成立時に、未払割増賃金請求を留保する意思があったとしても、それは内心にとどまるものであるにすぎず、本件和解の効力に消長を及ぼすものではない。
(五)(1) なお、原告らは、原告ら代理人に対し、平成六年一〇月三日付け報告書(<証拠略>)を作成のうえ、本件仮処分事件で被告に未払割増賃金を請求したい旨の意向を伝えたところ、原告ら代理人は、本件仮処分事件では、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を優先させるため、右報告書を公にしないこととしたのであるから、原告が、本件仮処分事件において未払割増賃金をあえて請求しなかったことは明らかであり、したがって、未払割増賃金請求権は、「本件に関し」ないものとして(本件和解第六項参照)、本件和解の既判力に遮断されないと主張するので、以下、この点について検討する。
(2) しかしながら、原告洋一本人尋問の結果によるも、いまだ、右報告書(<証拠略>)が真正に成立したと認めるに足りないというべきである。したがって、右報告書の作成を前提とする原告らの前記主張は理由がない。
(3) 仮に本件仮処分申立前に右報告書が作成されていたとしても、前記認定のとおり、原告らと被告は、その間の未払割増賃金の問題を含め、労働契約関係から派生する過去の一切の紛争を解決し、清算する意思のもとに、本件和解を成立させたというべきである以上、仮に本件仮処分申立前に原告ら主張の経緯が存したとしても、右は、前記認定を覆すものではない。
(4) したがって、原告らの右主張は、理由がなく、失当である。
3 以上の事実より、本件和解は、原告らと被告との間において、未払割増賃金の問題を含め、原告らと被告との間の労働契約関係に派生する過去の一切の紛争を解決し、清算する意思のもとに成立したことが認められるのであるから、原告らが被告に対し未払割増賃金請求権を有していたとしても、右は、本件和解により消滅したというべきである。
したがって、本訴請求原因に対する抗弁1は理由がある。
4 以上より、本訴請求原因2、3に基づく原告らの請求は、いずれも理由がない。
三 本訴請求原因4(未払賃金)について
1 本訴請求原因4(一)(本件和解の内容)について
本訴請求原因4(一)は当事者間に争いがない。
2 本訴請求原因4(二)(職場復帰の事実)について
本訴請求原因4(二)のうち、平成七年三月一日に原告らが被告の学生寮新大阪エムに出勤した点は、当事者間に争いがない。
3 本訴請求原因4(三)(年次有給休暇の時季指定権の行使)
本訴請求原因4(三)は当事者間に争いがない。
4 本訴請求原因4(四)(賃金月額)について
本訴請求原因4(四)は当事者間に争いがない。
四 抗弁3(時季変更権の行使)について
1 本訴請求原因に対する抗弁3(四)(時季変更権の行使の意思表示)について
(一) 抗弁3(四)は当事者間に争いがない。
(二) 年次有給休暇の時季指定権の行使は、原則として、使用者が時季変更権を行使するか否かを指定された時季(以下「休暇期間」という。)が到来するまでに判断するための時間的余裕をおいてするべきであり、使用者の時季変更権は、時季変更権を行使するか否かを判断するに通常必要とされる合理的期間内に、しかも休暇期間が到来する前に行使するべきである。なぜなら、労働者は年次有給休暇として時季指定した期間が請求どおり年休となるか否かをある程度の時間的余裕をもって知らせてもらえないと、年休とならなかった場合の所要の準備等ができないからである。
右の趣旨に照らせば、労働者による年次有給休暇の時季指定権の行使が休暇期間の始期に極めて近接してなされたため、使用者において時季変更権を行使するか否かを事前に判断する時間的余裕がなかったようなときには、客観的に時季変更権を行使しうる事由があり、かつ、その行使が遅滞なくされたものであれば、適法な時季変更権の行使があったものというべきである。
(三) 前記三3記載のとおり、原告らは、被告に対し、平成七年三月二日、同月四日から同月一五日までを年次有給休暇と指定する旨の意思表示をしたことが当事者間に争いがないのであるから、本件は、労働者の年次有給休暇の時季指定権の行使が休暇期間の始期に極めて近接してされたため使用者が時季変更権を行使するか否かを事前に判断する時間的余裕がなかった場合に当たるというべきである。そして、被告が、原告らに対し、平成七年三月一七日、右年次有給休暇の取得を認めない旨の意思表示をしたことが当事者間に争いがないのであるから、被告による右時季変更権の行使が適法、有効であるか否かが問題となるが、被告が時季変更権を行使したのが原告らによる年次有給休暇の時季指定権の行使から一五日後、休暇期間の始期から一三日後、休暇期間満了後二日後であるので、右事実によれば、被告が、原告らに対し、時季変更権を遅滞なく行使したということはできないから、右時季変更権の行使は効力を生じないというべきである。
2 以上より、抗弁3は理由がなく、原告らは、平成七年三月四日から同月一五日までの間、年次有給休暇を適法に取得したことになる。
五 抗弁4(本件減給)について
1 抗弁4(三)(懲戒事由)について
前記三3及び四認定のとおり、原告らは、平成七年三月四日から同月一五日まで年次有給休暇を取得したのであるから、抗弁4(三)の事実は、仮にこれが認められたとしても、原告らによる職場放棄その他就業規則違反行為に当たるということはできない。
2 したがって、その余の点を判断するまでもなく、抗弁4は理由がない。
六 本訴請求原因5(退職金)について
1 本訴請求原因5(一)(退職金規程)について
(一) 原告らは、各本人尋問において、被告と労働契約を締結する以前である平成三年八月一日、被告から司興産の退職金規程を被告の退職金規程であるとして交付された旨供述するが、これらの各供述は、被告代表者尋問の結果により真正に成立したと認められる(証拠略)(ただし、<証拠略>のうち、官署作成部分の成立は当事者間に争いがない。)によれば、被告には、平成三年八月一日当時、既に就業規則(以下「被告就業規則」という。)、給与規程、退職金規程(以下「被告退職金規程」という。)が存在していたことが認められること及び右各供述を否定する趣旨の被告代表者尋問の結果に照らし、たやすく信用することができず、他に本訴請求原因5(一)の事実を認めるに足りる証拠はない。
(二) したがって、原告らの被告に対する退職金請求権の有無や金額を、司興産の退職金規程に従って判断するのは相当ではない。
2(一) なお、就業規則は、これが合理的な内容を定めたものである限り、使用者と労働者との間の労働条件はその就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるということができ、当該事業場の労働者は、就業規則の存在及び内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたか否かを問わず、当然にその適用を受けるものというべきであるところ、前項認定のとおり、被告には就業規則及び退職金規程が存在することが認められるので、以下、被告就業規則、被告退職金規程に従って、原告らの退職金請求権の有無及び金額を判断することとする。
(二) 前掲(証拠略)(被告退職金規程)によれば、被告の従業員が退職する場合には、中小企業退職金共済事業団の退職金額表記載の掛金月額一万円に相当する退職金額を支給する旨(同二条一項)及び勤続年数は入社日から満一年を経過した翌日から起算し、退職の日までとする旨(同四条)規定されていることが認められる。
3 本訴請求原因5(三)(入社及び退職の日)について
(一) 本訴請求原因5(三)は当事者間に争いがない。
(二) そして、被告の退職金規程四条によれば、退職金算定の基礎となる勤続年数は「入社日より満一年を経過した翌日から起算し、退職の日までとする」とされているのであるから、原告らの退職金を算定する根拠となる勤続年数は、平成四年八月六日から平成七年三月一六日の二年七か月(三一か月)であると認められる。
(三) そして、成立に争いのない(証拠略)によれば、掛金月額一万円を三一か月納付した場合に相当する退職金額は三一万円であることが認められる。
(四) なお、前記(一)及び三3のとおり、原告らは、被告に対し、平成七年三月二日、同月四日から同月一五日までを年次有給休暇と指定する旨の有給休暇使用届書及び同月一六日をもって辞職する旨の辞職届を提出したことが当事者間に争いのないところ、被告は、これが原告らによる職場放棄となるので、原告らは職場復帰を前提とする退職金請求権を有しないと主張するから、この点について検討する。
労働者が年次有給休暇の時季指定権を行使した場合、使用者がこれに対して適法に時季変更権を行使しない限り休暇期間の就労義務が消滅するというべきところ、被告の原告らに対する右時季変更権の行使は、前記四1認定のとおり、これが適法になされたと認めることができないので、前記平成七年三月四日ないし同月一五日は年次有給休暇に確定し、同期間の原告らの就労義務は消滅したものと解すべきである。したがって、原告らが同期間被告に就労しなくても、これをもって原告らの職場放棄であるということはできない。
(五) 被告は、更に、原告らの試用期間は退職金算定の基礎となる勤続年数の計算において、これを控除するべきであると主張するので、この点に関して検討する。
成立に争いのない(証拠略)によれば、原告らの中小企業退職金共済事業団の加入日は平成五年五月二〇日であると認められ、これが被告退職金規程所定の勤続年数起算日(平成四年八月六日)から約九か月遅れている。そして、官署作成部分の成立は当事者間に争いがなく、その余は弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる(証拠略)によれば、原告らの同事業団の加入が被告退職金規程所定の時期より約九か月遅れたこと、その理由が被告の担当者であった加納蓉子の単純ミスであること、他の被告の従業員については、被告の退職金規程所定の時期に同事業団に加入していたことが認められる。したがって、被告は、従業員が試用期間中であっても同期間を退職金算定の基礎としての勤続年数の起算日としていることが認められるので、被告の前記主張は理由がない。
(六) 原告らは、それぞれ一一万七〇〇〇円を被告から退職金として受給したとしてその残額を請求しているので、原告らの退職金請求は、それぞれについて一九万三〇〇〇円の支払を求める限度で理由がある。
七 反訴請求原因(原告らによる債務不履行又は不法行為)について
1 反訴請求原因1について
反訴請求原因1について検討するに、原告らと被告が平成七年二月一〇日に本件和解を成立させたことは当事者間に争いがないところ、本件和解の際に、原告らに真実は職場復帰の意思がなかったことまで認めるに足りる証拠はない。
2 反訴請求原因2について
反訴請求原因2のうち、原告らが、被告に対し、平成七年三月二日、有給休暇使用届書及び辞職届を提出したことは当事者間に争いがないところ、原告らの右行為は、前記認定の本件和解に至る経緯に鑑みるとき、はなはだ信義に悖るというべきではあるが、いまだ違法であるとまではいえない。
3 反訴請求原因3について
反訴請求原因3のうち、原告らが本件訴えを提起し、これを取り下げなかったことは、当事者間に争いがないところ、本件において、原告らの右行為が違法であるとまで認めるべき事情はない。
4 したがって、その余の点を判断するまでもなく、被告の反訴請求はいずれも理由がない。
八 結語
以上の事実によれは、原告らの本訴請求は、未払賃金(原告洋一につき二〇万五〇〇〇円、原告文子につき一三万円)及びこれに対する弁済期(賃金支払日)の翌日である平成七年三月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに未払退職金(原告らそれぞれにつき一九万三〇〇〇円)及びこれに対する弁済期(履行請求の日)の翌日である平成七年三月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告の反訴請求はいずれも理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 長久保尚善 裁判官 森鍵一)